趣味とは

 九月と云う月は区切りの月でもありますが、酷暑から秋に移る気象の変化も著しい月です。欧米では学校の新学期として定めている様ですが、日本の様に夏の暑い国では、疲れを取りながら体調を調えて行く月とも云えるかもしれません。

本年は連日三十度を優に越す酷暑の八月でありました。それに加え、二年越しのコロナ災禍は人の意欲を削ぐ毎日であります。愚痴を言っても解決する訳ではありませんから、惑わされず自分の日常を大切に致しましょう。八月旧盆には私達能力者が驚く程、御先祖様のお心を感じました。生きている者も彼岸に渡った者も異常に対しては同じ想いだと思います。沢山の方が唱えたお経は、それぞれを深く癒したと思っております。御供養が行える自分の幸せを知って下さい。

 さて、毎日働き暮す人は何かストレスを発散したり、楽しい一刻を見つけたりするのに、趣味を持つ方が沢山おられると思います。その一つに音楽があります。聴くも良し、自ら奏でるのも良し、歌うも良し、それぞれの好きな分野で楽しめます。クラシックでもポピュラーでも演歌でも、音楽は本当に癒しになると思います。私も幼い頃はピアノを習い、中学生の頃はギター、高校生の頃はトランペットに惹かれ、大学に入ってからはクラシックに興味を持って来ましたが、その経験は今も良かったと思っております。長じて皆様の御相談を伺う様になってから、無趣味の方に何度もお目にかかりました。皆様優秀な頭脳を持ち、エリートでしたが、人間の幅が狭く感性が鈍い為に、人間関係が滑らかに行かなかったり、人に認められなかったり、何が原因なのか解らず悩んでいたりする人でした。一生懸命に勉強をして良い大学を出て就職をしても、それで人生が終りではありません。そこから人間性が問われ、度量が問われます。心に余裕がないと、あちこちにぶつかって、自分が信じられなくなるかもしれません。「趣味を持つ人生を探すのではなく」結果的には自分と云う一人の人間の広さや重さを増すのには、どんな考え方を人生に求めるべきかと云う点になると云う事であります。そしえ、その一環に音楽があり、運動があり、専門外の学びがあると思います。人間の可能性は驚く程、広がって行くものであります。勿論、それは努力あっての事です。学校の成績が良いと云う事は冷静に云えば、記憶力が良かったり、理論の飲み込みが早いと云う事であり、それも才能であり、努力であると思います。が、そこから更に意識して、様々の伸び方や自分の資質を広げ進めて行きたいものです。三十代四十代になって、出来上がった自分と云う個体は、それまでの期間どれ程の学びや努力があったかに依って出来上がります。学びの中には勿論、音楽も運動もあり、また歴史や古文書もあり、一つに固まる必要はありません。例えば珈琲にやたらと詳しい人もいます。焼き物や塗り物、骨董品等に驚く程の知識を持つ人もおります。また歌舞伎や能狂言に興味を持ち、義太夫や三味線の事を良く知る人もいるでしょう。卑近な例で云えば、イギリス風の紅茶の飲み方に詳しくうるさい人もいますが、皆自分が知識として、また楽しみとして得たものであります。学校で学ぶもの以外の、自分を肉付けして大きくさせてくれるものだと思います。全部ひっくるめて、これらは趣味と呼んで良いと思います。勿論、ゴルフやテニス、卓球も自分の糧になります。この趣味が、大きく人間そのものの度量になる場合が多くありますが、捻くれた短絡的な人は、そんなものを覚えて何になると云うかもしれません。それは、お香、例えば沈香や伽羅の香りが解らない人に等しいと思います。全ての趣味は、そこに漂う香りや雰囲気が人の心や意識を育てて行きます。

理論はここまでにして、第二次世界大戦後、余裕のない厳しい生活を重ねて来た人達は、大変な努力をされたと思います。その中にも「人物」は沢山現れました。御自分の努力がそう云う器の大きい人物を作ったのだと思います。心がけ次第です。色々な知識や良識があり、ユーモアも解し、たまには「ウィット」の一つも飛び出す様な人がどんどん育ったら、日本も活気が出るのではないか等と希望したいものであります。

しかし、何よりも大切なのは健康であります。健康を維持しなければ、仕事も趣味も他人事であります。自分の健康状態を良く知り、大切にして戴きたいと思います。そして何よりも、常に明るく素直な毎日を送りたいものであります。それが全ての基本です。